クウヤがバスルームを出ると、キッチンでシグが何事かしているのが見えた。
髪の毛先から滴る水分をタオルに吸い取らせながら、彼へと近づく。手元を覗き込むと、先日乞われて買ってやった大きめのボウルに入った薄い黄色のなにかを、へらでゆっくりとかき混ぜているところであった。
具材からしてポテトサラダのように見えるが、色に違和感がある。はてと首を傾げていると、シグが手元からクウヤの方へゆっくりと視線を移した。
「上がられたんですね」
「ああ」
今日はシグの方が先に風呂を使っていたから、既にパジャマに身を包んでいる。その上からエプロンを着ているものだから、少しちぐはぐで面白い。
「味を見て頂けますか?」
そう言って、シグは脇に置いていたスプーンを手に取ると、ボウルの中身を掬って差し出してきた。気恥ずかしさを覚えつつ口を開き、スプーンに載ったものを食べる。咀嚼していると、やはり予想通りのジャガイモの食感と、それからスパイシーな風味がした。
「美味い。なんだ、これ」
「ポテトサラダですよ。少しカレー粉を入れて、味を変えてみたんです。明日はこれをトーストに載せてブランチにしようかと」
「……そうか」
「お口に合いませんでしたか?」
ぽつりと返したクウヤに、シグが眉尻を下げて問いかけてくる。
「違う。……その」
即座に言い返しつつ、頭に浮かんだことのあまりの恥ずかしさに、クウヤは俯いた。
「……明日の準備、してるんだよな、お前」
「ええ、はい」
話の先が見えないのだろう、シグは不思議そうに相槌を打つ。すうと息を吸って、クウヤは胸の底辺りから湧き上がる羞恥をなんとか抑えつつ、続きの言葉を口にすべく唇を開いた。
「恥ずかしいな、って思ってさ。……明日……って言うか、これからゆっくりするために、今やってるんだろ、それ」
「……そう、ですね」
そこまで言うと、ようやくクウヤの訴えたいことが分かったらしい。まるでクウヤの感情が伝染したかのように、シグはうろ、と中空へ視線を彷徨わせた。
ブランチと言っていたし、連休前の夜、二人でゆっくりと――なにも考えずに昼まで「寝られる」ようにと、明日の食事の準備をしているのだろう。そう思うと、これが終わったら彼とセックスするのだ、と思って、どうにも構えてしまうのだ。
クウヤの口から引き抜いたスプーンを置いて、シグがその手でクウヤの髪を、頬を撫でる。いつも通りの優しい触れ方であったが、「この後」のことを考えると、そんなことにすらなにかしらの意味を見出しそうになってしまうから嫌になる。
「すみません、あともう少しすれば下ごしらえも終わりますので」
「……うん」
なんとか顎を上下させて、キッチンを離れ、向かいのカウンターの椅子に座る。
モバイルでも触ろうかと思いながらも、シグの手元から目を離すことが出来なかった。眼差しに気づいているのだろう、シグもどこか気まずそうに、下を向いたまま作業をしている。
ああ、あの手が動いて、ボウルを空けて、サラダを冷蔵庫にしまったら、その後は。
クウヤには分からぬ料理の手順が、まるでなにかのカウントダウンのように感じられて、どうにも視線を逸らすことが出来ぬまま、彼の「準備」が終わるのを、クウヤはただじっと見ているのであった。