ひるなか、まよなか
開かれたバルコニーの窓から、春のあたたかな風が吹き込んでくる。
心地よさそうに目を細めたかと思うと、彼はなにかに気づいた顔をして、不意に立ち上がった。
棚に置かれた、貰いものの薔薇が風に揺れている。
花瓶に近づいたかと思うと、彼はなにを思ったのか、その茎をそっと指先でなぞった。
ひくり、と彼が眉根を寄せてから、ゆっくりと俺の方へ向き直った。
その指先に、ぷっくりと血の玉が浮いている。削がれそびれた棘が、指先を傷つけたのだろう。
そんな少ない量では、精々口の中の渇きが癒える程度で、腹は膨れない。分かっているのに、顔がその指へ寄った。
小さな赤へ、唇を寄せて、吸いつく。
舌先で舐め取る血は言いようもなく甘く、喉が勝手にこくりと鳴った。
「……ああ」
吐息混じりの声で彼が俺を呼ぶ。おいで、いい子だ、と背を撫で、服の裾をめくり、素肌に触れる。
首を反らせば、待っていたように喉仏に歯が立てられる。少しずつ与えられる快楽に目を薄く閉じながら、薄い体に腕を回す。
近づいた首の付け根に牙をめり込ませると、体に触れていた手が背に回り、痛みを堪えるためだろう、きつく抱きしめられた。
今日は日曜日で、敬虔な人ならば教会に行っている頃合いなんじゃないだろうか。
壁一枚隔てた向こうのパリは春を謳歌しているのに、この部屋の中だけ真夜中のようだ。薄明るい部屋の中で探るように求めあいながら、思い出す度にじくじくと血の滲む傷跡に舌を這わせる。
「……ケイ」
彼の名を呼ぶ。息の上がった声で、彼が相槌を打つ。なんだい、シリル。
それだけで、よかった。
吸血鬼に神はいないのだろう。そして、神様の代わりになにかを信じるのならば、目の前の彼しかいないのだ。